変わらない想いを胸に、新天地・富ヶ谷へ
施主様は、根岸の住宅街でビストロを営んできたシェフとソムリエールのご夫婦。建物の取り壊しをきっかけに富ヶ谷への移転を決めました。「根岸で育んできた空気を、そのまま持っていきたい」。空間デザインとしては、最も難しいお題かもしれません。そのお気持ちに応えるため、ディスプレイや建具を既存店(以下、根岸店)から持ち込み、壁の質感も現場で何度も調整を重ねながら、納得のいくかたちを丁寧に探りました。
細部に宿る、記憶の継承
入口のドアには、根岸店の建具を使用。上部の角がカットされた特徴的なフォルムはそのままに、新しい空間に馴染むよう、丁寧にサイズを調整しています。天井まで伸びるサッシはフルオープンでき、気持ちのいい風を感じながら屋外でも食事を楽しめます。
根岸店で愛された奥様のセンスあふれる小さなオブジェと、店の時間を映すようなワイン瓶たち。天井から浮かぶように設けた段違いの木製棚にリズムよく並べました。あえて段差をつけたことで生まれた抜け感に、艶やかなグリーンタイルの壁が映え、アンティークの温もりがふわりと漂います。まるでパリの路地裏にたたずむビストロのよう。
“難しさ”を乗り越える、技術と感性
なかでも再現が難しかったのは、壁の質感。根岸店では、今では珍しい左官仕上げが施されており、その風合いを再現するために、何度もサンプルをつくっては現場でパネルを当て、少しずつ調整を重ねました。こうした丁寧な積み重ねこそが、“空気を移す”という見えないもののデザインを実現する要となっています。
同じ空気に、さりげない新しさを添えて
施主様からもうひとついただいたご要望は、「この場所らしい+αを」でした。そこで、根岸店よりも空間にゆとりとあたたかみが生まれるような仕掛けを施しました。
根岸店では直線だったカウンターをハの字型に変更。お客様との距離が少し縮まり、迎え入れる空気がやわらかくなりました。また、天井はスケルトンにし、コンクリートの構造をそのまま見せることで、開放感と今の時代らしい軽やかさが加わりました。
“らしさ”を引き継ぎ、ここから始まる未来へ
再現して、馴染ませて、そこに少しだけ新しさを加える。シンプルなことのようですが、実はとても繊細で難しい作業です。見えない空気までデザインした富ヶ谷の「料理店 吉田」。これまでの記憶と、これからの時間。そのどちらにも寄り添う空間になりました。

DETAIL
店舗詳細
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DATA
店舗情報
- 店名
- 料理店 吉田
- 住所
- 東京都渋谷区富ヶ谷1-14-12 YT ビル代々木公園1F
- Web
- https://www.instagram.com/ryoriten.yoshida/
- 広さ
- 7.54坪
- 竣工
- 2024年8月